まぼろしのハリウッド版『ゴジラ』 ゴジラ VS グリフォン

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 『GODZILLA』 日本でも大ヒット!

この映画に携わったすべての皆さま おめでとうございます!

すでに続編も決定しましたね、ギャレス・エドワーズ監督には期待したいです。



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 ところで、今回のハリウッド版『ゴジラ』は1998年の(悪名高き)ローランド・エメリッヒ監督版『ゴジラ』に続く2作目です。
 しかし、1998年のエメリッヒ版以前にも、ハリウッド版のゴジラ映画の制作は何度も計画されていました。
 特にある作品は制作寸前までいったようです。映画雑誌「映画秘宝」の9月号にそのまぼろしのハリウッド版『ゴジラ』に関する記事が載っていたので紹介します。

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宇宙超生命体グリフォン VS 古代文明生物兵器ゴジラ

 米国版『GODZILLA』の企画は1980年代から、何本もの企画があった。なかでも有名なのは『スピード』(1994年)で監督デビューしたヤン・デ・ポンがメガホンを執る予定だった1本である。
 1992年末、ソニーピクチャーズ傘下にあるトライスター映画はロサンジェルスの東宝国際部から『GODZILLA』の映画化権の獲得に成功する。脚本は『アラジン』(1992年)のテッド・エリオットとテリー・ロッシオの執筆が決まり、次第に陣容が固まっていく。このふたりにより準備稿が完成したのは1993年11月11日だった(ちなみに、最終稿は1年後の94年12月9日に脱稿している)。

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ヤン・デ・ポン版ゴジラのコンセプトアート
デザインは日本のゴジラそのままですが、ポーズがティラノ・サウルスみたい
コイツ走るだろ!

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ヤン・デ・ポン版ゴジラのコンセプトアート2
これも恐竜みたいですね・・・・


 物語は太古の昔、宇宙から飛来した超生命体グリフォンと、それに対抗すべく古代超文明が創り上げた生物兵器ゴジラが、現代に甦り死闘を繰り広げるというものだった。オープニングの火柱が立ちがる氷山、その中に眠るゴジラ。宇宙から隕石で飛来し、最初はアメーバ形状で、さまざまな生物の遺伝子情報を取り込みながら、成長していく生命体。また、グリフォンと共生関係にある全幅6メートルのひとつ目のコウモリ型生物プローブバット。ロサンジェルスに上陸し米軍と交戦するゴジラ、クライマックスのニューヨークでゴジラと巨大化したグリフォンの決戦・・・・・と怪獣ファンにはたまらないイメージが連続していた。

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ヤン・デ・ポン版ゴジラの敵怪獣グリフォンのコンセプトアート
デザインは悪くないjかな? でも日本受けは厳しいかも


 スタジオは監督の選定に入り、ジェームズ・キャメロン、ティム・バートン、デビット・フィンチャーなど、そうそうたるメンバーに声をかけるが、いずれも断られてしまう。キャメロンやバートンは「ゴジラは好きすぎて手を出すのを遠慮したい」、フィンチャーは『エイリアン3』(1992年)の酷評で「キャラクターものは懲りたから」というのが辞退の理由だった。
 その次に監督候補に浮上したのが『ロボコップ』(1987年)、『トータル・リコール』(90年)のポール・ヴァーホーヴェンだった。ヴァーホーヴェンは数週間返事を保留した後、監、督を辞退する。しかし、そのかわり、彼がある人物を推薦してきた。それが彼の当時の最新作『氷の微笑』(92年)で撮影監督を務めたヤン・デ・ポンだった。デ・ポンはオランダ出身のキャメラマンで、『ダイ・ハード』(1988年)、『ブラック・レイン』(89年)、『レッド・オクトーバーを追え!』(90年)などの撮影監督を務めた人物。熱心なゴジラファンで、『ブラック・レイン』の撮影で日本を訪れた際には、かなりの量のゴジラグッズを買い集めていたという。そのことをヴァーフォーヴェンは知っていたのだ。

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ゴジラ大好き ヤン・デ・ポン監督

 デ・ポンは当時、自身の監督デビュー作となる『スピード』の準備中だったが、大好きなゴジラの映画化と知って監督を快諾、夏には日本を訪れ『ゴジラVSメカゴジラ』(1993年)の撮影を見学。さらに『ブラックレイン』で知り合った高倉健を日本から呼び、スクリーンテストをするほどの力の入れようだった。
 特撮はデジタルドメイン、造形はスタン・ウィシスントンがあたることになった。

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スタン・ウィシスントン制作のゴジラ
まんま日本のゴジラですね。ちょっと体が細いけど・・・

 しかし、やがて問題が起きる。トライスター側が製作費として1億ドルを予定していたのだが、完成し脚本を基に製作費を試算した結果、3割以上もオーバーすることがわかったのだ。
 スタジオ側とデ・ポンの話し合いは平行線をたどる。デ・ポンはスタジオ側との交渉に次第に疲れ、自ら降板を申し出る。かくしてデ・ポン版ゴジラの企画は頓挫してしまったのである。
 また、デ・ポン版が中止になった理由のひとつに『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995年)とコンセプトが似ているという指摘もあったという。

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制作中止の一因にガメラあったとは!

 その後、ローランド・エメリッヒ版が98年に公開され、世界中のゴジラファンのブーイングを浴びたのは有名だ。ちなみに、このエメリッヒ版の製作費はデ・ポン版で試算されていた額とほぼ同じ1億3000万ドルだった。
 デ・ポンはその後、竜巻を描いた『ツイスター』(1997年)を監督しているが、同作の破壊描写の演出は、ゴジラ用に考えていたアイディアだという。いずれにせよデ・ポン版はぜひとも観てみたかった。なぜなら、ゴジラ愛がある人間が作るゴジラ映画が傑作となるのは、ギャレス・エドワーズ版が証明しているのだから・・・・・・・・。


(注)以上は、映画秘宝 9月号より抜粋しました。



 ヤン・デ・ポン版ゴジラはデザインは東宝のゴジラですが、雰囲気は恐竜みたい。
 ゴジラが古代文明の生物兵器というのもなんだかなぁ・・・
 

 制作中止の理由のひとつにガメラがあったのは驚きです。






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