実録 『日本のいちばん長い日』  宮城事件とは?

実録 『日本のいちばん長い日』  宮城事件とは?

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 70年前、昭和20年8月15日終戦の日の舞台裏を描いた歴史映画

日本のいちばん長い日

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 映画では終戦直前に、松坂桃李さん演じる畑中健二少佐らが終戦阻止を目的とした「宮城事件」を起こします。
 この「宮城事件」は1967年の昭和版でも衝撃的に描かれていますが、実際にどのような事件だったのか調べてみました。

 というか、僕は歴史を題材とした映画を見ると「現実はどうだったのか?」と気になって調べてしまいます。
 家族や友人からは「映画に入り込みすぎる」と呆れられますが・・・・・(^_^;)

<実録・宮城事件>

 まず宮城事件とは、昭和20年8月14日の深夜から15日にかけて、一部の陸軍将校と近衛師団参謀が中心となって起こしたクーデター未遂事件です。

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畑中健二少佐
昭和版は黒沢年男さん
平成版は松坂桃李さん


宮城事件の中心人物といわれてます。

◎事件の発端

 昭和20年8月6日に広島、8月9日に長崎への原爆投下などでもう敗戦必至となった日本は、アメリカなど連合国が日本の無条件降伏を求めたポツダム宣言の受諾する方へと進みます。
 ところが、このポツダム宣言には天皇陛下を中心とした体制を維持する『国体護持』の確約が無かったので、受諾に猛反発する人も多く、これが後に事件へと繋がってしまいます。

◎8月13日

 この日午前前9時からの鈴木内閣による最高戦争指導会議が行われました。議論が紛糾したものの午後3時についに回答受諾が決定。

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阿南惟幾陸軍大臣
昭和版は三船敏郎さん
平成版は役所広司さん

 陸軍省帰ってきた阿南惟幾陸軍大臣に畑中少佐ら6人の将校が、ポツダム宣言の受諾を反対するクーデター計画に賛同を求めてきたものの、翌日に阿南大臣は計画の反対を伝えました。

◎8月14日

 昭和天皇が出席し。全閣僚および軍民の要人数名を加えた御前会議を開催。この会議において鈴木首相から御聖断の要請を受けた天皇陛下は

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8月14日の御前会議を描いた絵

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終戦を願う昭和天皇(本木雅弘さん)

「ポツダム宣言の受諾していい、必要であれば私が国民に話そう」

 とお答えになり日本は終戦に向かうことに決まります。

 午後3時過ぎ、畑中少佐は終戦阻止のクーデター計画の賛同を求め、東部軍管区(本土決戦に備えて編成された組織)司令部の田中静壱大将に面会するものの、会うなり田中司令官は畑中少佐に、

「貴様の魂胆はわかっている!今すぐ帰れ!」

 と一喝し、出番を挫かれた畑中少佐は退散しました。

 午後11時30分から宮内省政務室において天皇陛下による玉音放送の録音がおこなわれ、玉音盤は皇后宮職事務室内の金庫に保管されました。
  
◎8月15日

(1)蜂起

 午前0時ごろ、玉音放送の録音を終了して宮城を退出しようとしていた下村宏情報局総裁を含む放送協会職員など数人が、坂下門付近で近衛歩兵第二連隊第三大隊長佐藤好弘大尉らにより拘束。下村総裁たちは兵士に銃を突き付けられ、付近の守衛隊司令部の建物内に監禁されました。

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森赳師団長
昭和版は島田正吾さん
平成版は高橋耕次郎さん

 午前1時45分、畑中少佐の同志である井田正孝中佐と椎崎二郎中佐 がクーデターの賛同を求めて、近衛第一師団司令部において師団長の森赳中将に面会。森師団長もクーデターに反対の立場を堅持していましたが、

「明治神宮をいま一度参拝した上で最終決断しよう」

 と約束。井田中佐らもこの言葉を聞き一時部屋を退出しました。

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森師団長を撃つ畑中少佐(左・松坂桃李さん)

 ところが、入れ替わりに同志2人を伴い師団長室に入った畑中少佐が無言のまま森師団長を拳銃で撃ち、さらに同志の上原大尉が軍刀で斬殺。たまたま師団長室にいた森師団長の部下・白石中佐も巻き添えで殺害されました。

(2)宮城占拠

 畑中少佐らは殺害した森師団長の偽の命令を発布し、衛歩兵第二連隊を展開させ宮城を占拠。目的は玉音放送を阻止するための玉音盤の奪取でした。宮内省では電話線が切断され、皇宮警察官は武装を解除されました。玉音盤が宮内省内部に存在することを知った畑中少佐らは血眼になって玉音盤の捜索をおこないました。
 
 なお映画『終戦のエンペラー』で描かれた宮城事件では銃撃戦の場面がありますが、実際は銃撃戦は無かったようです。

(3)鎮圧

 宮城の占拠を知った東部軍管区の田中軍司令官及び高嶋参謀長は事件の鎮圧を決定。高嶋参謀長は午前4時に宮城を占拠する芳賀豊次郎近衛第二連隊長との電話連絡に成功し、師団命令が偽造であることを伝えました。真実を知った芳賀連隊長は部下に即刻宮城から退去するように命じました。
 一方、この時宮城を離れた畑中少佐は放送会館へと向かい終戦阻止の声明の放送を要求しましたが、

「防空情報が出ており東部軍の許可がなければ放送できない」

 と職員突っぱねられ、失敗に終わりました。

 午前5時、東部軍の田中軍司令官が近衛第一師団司令部へと向かい、偽造命令に従い部隊を展開させようとしていた近衛歩兵第一連隊の渡辺多粮連隊長を説得し止めることに成功しました。

 午前6時、事件の発生を伝えられた天皇陛下は、

「私が兵の前に出向いて諭そうか」
 
 と述べられたそうです。
 
 また同じころ、映画の通り阿南陸軍大臣が自決しました。


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田中静壱東部軍管区司令官
昭和版は石山健二郎さん
平成版は木場勝己さん

 宮城では、田中軍司令官が乾門付近で芳賀連隊長に出会い兵士の撤収を命じると、そのまま御文庫さらに宮内省へ向かい反乱の鎮圧を伝えました。これを境に事件は急速に沈静化へと向かっっていきます。午前8時前には近衛歩兵第二連隊の兵士が宮城から撤収し、軟禁されていた下村総裁らも解放されました。

 それでも終戦阻止を諦めきれなかった畑中少佐は椎崎中佐と宮城付近でビラを巻き市民に決起を呼び掛けますが、午前11時20分に二重橋と坂下門の間の芝生上でふたりとも拳銃自殺を遂げました。

 午前11時30分ごろ、放送会館のスタジオ前で突如1人の将校が軍刀を抜き、放送阻止のためにスタジオに乱入しようとしますが、周囲に取り押さえられました。この混乱は昭和版で描かれてます。

 そして正午、玉音放送が無事放送されて終戦

・玉音放送(現代語訳字幕)



 日本の戦後がはじまりました・・・・・・・。


 以上、僕が調べた「宮城事件」の記録です。
 間違っている部分、詳細不足な部分があるかもしれませんが、どうか映画の参考になれば幸いです。

・池上彰さんの終戦解説(ご参考にどうぞ)








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